【保管庫閲覧規則】


1.保管物一切の外部持ち出しを禁ず。
2.編纂室を通さない保管物の改竄を禁ず。
3.保管庫は原則を公開書架とし自由閲覧を許可する。


※保管物の全ては編纂室による架空世界の集積記録であり、実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
※一部保管物には、暴力・死・精神的衝撃、ならびに軽度の性表現・性暴力・虐待を想起させる描写が含まれる可能性があります。
※観測した事象の変遷により保管物に再編纂が生じる可能性があります。
※保管庫内は文書保存の観点より低湿度に維持されています。閲覧に際し眼または咽喉に乾きを覚えた場合は、適宜休息及び水分補給を推奨します。


《編纂室連絡窓口》

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【編纂室責任者】蓮賀ミツヨシ


【人物】テル ネクロ
【※注意】タイトルの通り死亡シーンを含みます。辿り着くひとつの未来の形として考えたものです。
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病院のベッドで横たわるネクロ(60過ぎ)を見舞うテル。
髪は豊かなままに灰色になり、かつて負傷した右目は失明し白濁している。筋肉は随分と落ち、以前の姿に比べると一回り小さくなったように感じる。

ネクロはテルに、いずれ迎えに来るので待つようにと告げる。
テルはロイスの気持ちが分かったと答える。了承し、二人は別れ、ネクロは程なく家族に看取られ永眠する。一人娘のアンジェは30を越え、結婚し子供もいるかもしれない。

大々的な葬儀が営まれ、大勢の参列客の前で、パレシアに促され棺を覗き込むテル。
胸に組まれた手に触れると冷たいが、「生前から冷たかった」とおどける。そして首筋に指をあて、脈がないのを確かめる。パレシアを伺うとお好きなように、と言うように穏やかに見守っており、テルは棺の上に屈み込むとネクロの額に自分の額をそっとあてる。一部参列客が静かにどよめく。

別れを済ませ、ネクロの身体は遺言通りに焼かれる。

焼かれて早く身体を失ってしまった方が、すぐにどこにでも存在を感じられるようになる。

生前そう言っていたとパレシアが呟き、テルは、きっと彼がガストをそう感じていたんだろうと答える。
そして確かに、こうして天に昇る煙を見ると、今夜からは月を見上げればそこに、これまで以上にあの人を感じるだろう、とテルは言う。

それから24年。

妻、妹すらも見送りながら、テルはネクロを待ち続けた。
月夜には窓辺で楽しそうに棋譜を並べ、向かいの空席には必ず酒の入ったグラスを置いた。
まるで相手がいるかのように振る舞う姿は親族には不気味にも映り、すっかりボケているのだと思われもした。
しかし頭は常に冴えていた。

ある時久々に会ったルイに、後を追いたくならなかったのかと問われ、かつての父のように蓄えた口髭を撫でながら、ならなかったと自分でも意外そうに答えた。
何故なら月が昇ると毎晩楽しく、生前以上にネクロが身近に感じられたからだと。

テル「なるほど上手いやり方だった。これなら一晩に10人にだって会いに行ける」
「気の多いあの人にはうってつけだ」

テル「私も死んだら焼いて貰おうと思う。その方が早く自由な存在になれそうだから」

ルイ「俺の事もいつか見送ってくれる?」
テル「寂しいことを…」
「けれど、それがあの人の台本だと言うなら、仕方ない」

テルはルイを見送ることはなかった。

自宅のベッドに横たわるテル。周りを親族が囲っている。
顔を見れば、ミヤや父母、在りし日の自分の面影がそこにある。

旅立った家族に再会したくて、人は血を繋ぐのかもしれない、それも一つの真理なのだろう、とテルは呟く。

若い頃から死を恐れたことはなかった。それは無関心によるようなものだったが、今は違う。肉体は滅んでも、世界は滅びはしない。世界が有る限り、そこに皆生き続ける。時には空飛ぶ鷹に、月に、面影に。
それをあの人は最期に教えてくれたのだ。

息子に、遺言通りに火葬するように、と念を押す。
娘に、一部は母さんの墓に、と告げる。

素晴らしい経験を得た。自分一人の力ではなし得なかったと、先立った妻への深い感謝を告げる。
そして親族一人一人に目をやる。呼吸は静かに浅く、手足の感覚は徐々に遠く感じ始めている。

ふと、親族の合間に黒いモヤのような影を見る。
目を凝らすと、それは薄汚れたカーキ色のフードを深く被った人物だったと気付く。
そのフードの下の青白い肌色に、老いて尚よく見えた瞳を見開くテル。フードの人物はゆっくりと顔を上げ、所々裾のほつれたその布の奥から、かつて共に過ごしたあの頃のままの姿が現れていく。宵闇を思わせる真っ直ぐな髪の合間から見慣れた眼光がこちらを見据え、そのまま彼は、「よぉ」とあっけない程気軽な声を投げた。

見開いたテルの震える瞳は虚空を一心に見つめている。

親族達は視線の先を追うと、誰もいないその空間に、話に聞いた存在を思い描いた。

虚空の死神はニヒルに笑うと「約束通りに」と呟いた。
テルは絞り出すように「ええ」と返した。
こちらに伸びた彼の手を取りながらテルは親族を一瞥し、
「それじゃあ、行ってくる」と、まるで近所にふらりと散歩にでも出掛けるような口ぶりで、最期の言葉を遺した。

娘がその末期をルイに伝える。

ルイ「凄いなぁ、本当に叶ったんだ」
娘「父の、頭の中での事ですけれど…。父は、本当はずっと、あの人と離れたくなかったんじゃないかと思ってしまって…家庭を持つことよりも、そちらを選びたかったんじゃないか、不本意だったんじゃないかって…」
ルイ「けれど、結果こうして、大勢の家族に看取られてこの世を去った。それが全てじゃないかな」
「きっかけを与えたのがネクロでも、それを成し得たのはテルさん自身だ」
「この24年を生きたのも彼自身の力だった。凄いことだよ」
娘「……」

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