【保管庫閲覧規則】


1.保管物一切の外部持ち出しを禁ず。
2.編纂室を通さない保管物の改竄を禁ず。
3.保管庫は原則を公開書架とし自由閲覧を許可する。


※保管物の全ては編纂室による架空世界の集積記録であり、実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
※一部保管物には、暴力・死・精神的衝撃、ならびに軽度の性表現・性暴力・虐待を想起させる描写が含まれる可能性があります。
※観測した事象の変遷により保管物に再編纂が生じる可能性があります。
※保管庫内は文書保存の観点より低湿度に維持されています。閲覧に際し眼または咽喉に乾きを覚えた場合は、適宜休息及び水分補給を推奨します。


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【編纂室責任者】蓮賀ミツヨシ

白樹暦813年1件]


【場所】#西部
【人物】#ガスト #イワノフ
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急峻な赤色の岩場の続く山岳地帯にて、自警団の団員が小隊を組んで捜索にあたっている
一人の髭面の男が岩場の影にボロ布にくるまった何かを見つける

ガスト「あれ……人か……?」

団員「まさか対象ですか……」
ガスト「(手負い…?生きているのか……)」
団員「応援呼んだ方がいいんじゃ……」
ガスト「いや、ちょっと様子を見てから……」

間合いに入ったガストの襟首をボロ布の奥から伸びた腕が瞬時に掴み、ナイフを喉元にあてがう

団員「小隊長!」
隆々とした太い腕の主の金眼が光る
イワノフ「水と食料」
「出せ」掠れた声で低く告げる
ガスト「分かった。ただ負傷してるだろう、先に傷の手当をしないか」
イワノフ「……」
ガスト「俺は西部自警団のガスト。北壁人だな?」
イワノフ「…出せ」
ガスト「分かってる出すよ。ただ、一旦離してくれると助かるんだが……」
イワノフ「……」
ガスト「ホラ攻撃の意思はない」手を上げ
イワノフ「……」
ガスト「疑り深いな……カティ、俺の水と食料を彼にやってくれ」
団員「えっ、は、はい……(こわ~~~~)」
ガスト「あと治療キットも……」
イワノフ「必要ない」食料を乱暴につかみ取りガストを離す
「消えろ。さもないと殺す」
ガスト「……」

団員「小隊長~……上に報告した方がよくないですか~……!」
ガスト「まだ対象と決まった訳じゃない」
団員「どっからどう見てもそうでしょう!国外逃亡を謀る凶悪犯の北壁人!女子供4人殺したって……!バッチリ当てはまってるでしょう~!」
ガスト「そうかな」
団員「そうですよ~!」
ガスト「俺ちょっと彼と話してみるから、お前はその辺で周辺警戒しててくれる?他にも誰かいるかもしれないし」
団員「ひぃぃ」怯えながら周辺警戒を始める

イワノフ「言葉が分からなかったのか。消えろと言ったんだ。消・え・ろ」
ガスト「分かってるよ。流暢だなぁ。俺もそっちの言葉を少し知ってるぞ」
「《オマエ、ハラ、イタイ》」
イワノフの腹部の血痕を指差す
イワノフ「………」
ガスト「《チリョウ》」
イワノフ「いらない」
「……あと訛りがキツ過ぎだ」
ガスト「ああ、やっぱりか?国境の集落の爺さんに習ったもんだから……」
「……でも結構出血が酷い。深いだろう。何があった?」
イワノフ「あんたら不法入国者を取り締まってんだろ。回りくどい言い方しねぇでハッキリ言えよ」
ガスト「?」
イワノフ「仲間がいないか探ってんだろ。いねぇよ。俺だけだ。そんでおたくらの国に厄介になる気はねぇ。この山で勝手にくたばる。だから放っておいてくれ」
ガスト「……死ぬつもりなのか」
イワノフ「そうだ」
ガスト「なのに水と食料を」
イワノフ「………」

ガスト「よしわかった、俺達の目的を話すよ」
「4日前北壁から殺人犯が偃月に亡命の恐れありとの報が入った。見つけ次第捕獲して北壁に送還する。20代半ばの大柄の男で、肌は白く長い赤毛だという」
イワノフ「………」
ガスト「お前も見た目は当てはまりそうだが、そういう特徴の北壁人はそこまで珍しくもない」
イワノフ「……」
ガスト「俺はこう見えて、困ってる奴を見つけるのが得意なんだ」
「お前は見たとこだいぶ困っているな」
イワノフ「……そりゃそうだろ……俺がその逃亡犯なら……あんたを盾にどう逃げようか算段してるとこだと思うぜ……」
ガスト「そうだろうな。でもお前からはそういう感じが全くしない」
イワノフ「……」
ガスト「本当にただ、放っておいてくれって感じだ」
「不思議だな。一応国境線越えてるんだが。やる気がないというか」
「既に何か果たした後なのか」
イワノフ「………」

ガスト「とりあえず止血しようか。名前は?」
イワノフ「言うかよ……」
ガスト「そうかぁ、うわ貫通してるぞ…なんだ?小刀か?鋭利だな」
イワノフ「……槍だ」
ガスト「やっぱり人間相手か」
イワノフ「……」
ガスト「身内か?」
イワノフ「……!」
「なんでそう……」
ガスト「…勘だよ」
「割と当たる。ちょっと自慢」
手早く手当をする

イワノフ「………ハァ~……」
「なんなんだよテメェは…調子狂うぜ全く…」
ガスト「はは、よく言われる」
イワノフ「……お前らが捜してる男は俺の兄だ。俺も兄を追って山に入った」
ガスト「……」
団員「それで!その男はどこに……!」会話を聞き飛んでくる
イワノフ「……死んだ」
団員「えっ……」
イワノフ「俺が殺した。夜のうちに」
ガスト「……遺体はどこに」
イワノフ「向こうの崖下に落ちた」
ガスト「……」
団員「小隊長!本隊に報告を……!」
ガスト「待て」
「案内を頼めるか?」
イワノフ「……行っても無駄だと思うが」
団員「小隊長~~~…」
ガスト「一緒に来てくれ」

イワノフ「……ここだ」
団員「ああ……この谷間……今の時期雪解けで鉄砲水になっててこれじゃあもう随分流されてますね……」
ガスト「……お前の目的は?」
イワノフ「……一族の掟だ。トチ狂って妻子を殺した罪を役人に裁かれる前に、身内の恥を清算した。そういう因習だ」
ガスト「それでお前はどうして帰る気が無いんだ」
イワノフ「………」
団員「対象が死んでるんじゃ山中を捜索しても無駄じゃないですか~~」
ガスト「任務を終えたら帰還するものじゃないのか」
イワノフ「……」
ガスト「……逃がそうとしたのか?」
イワノフ「違う……捕まえて役人に突き出そうと思っていた」
ガスト「………」
イワノフ「頭の中に埃の積もった連中の言いなりで私刑を続けるなんざとっくに時代遅れだ。あいつの首根っこ捕まえて連中にそう言ってやりたかった。罪を内内で揉み消すなと。だがしくじった。もみ合ううちに奴はここから落ちた。この高さと急流では助かるまい……」
ガスト「………」
イワノフ「………」
「俺ももう、故郷に戻るつもりはない。戻ったところで奴が死んだ証拠もない。逃亡ほう助で吊るし上げられるだけだ。元々……罪人の身内の扱いなんざそんなものだ」
ガスト「……」
団員「って、つまり結局亡命者じゃないですか!小隊長こいつでいいから突き出しましょうよ…!」
ガスト「………」
イワノフ「…やるってんなら構わないぜ。身一つだが全力で抵抗させて貰う」
団員「なんでだよ…!さっきは自暴自棄な感じだった癖に……!」
イワノフ「これでも一応北壁では腕を鳴らした傭兵の里の出なんでな。お前らみたいなひ弱な木っ端兵士に大人しく捕まって終わるのは流石に癪だ……」
ガスト「………」

イワノフ「しかしこっちはのどかなもんだぜ……丸一日外で転がってたってまだこうして生きてんだからな」
ガスト「……東の方はもっといいぞ。最高級の絨毯のような一面の花畑だってある」
イワノフ「そりゃいいね……話に聞いた楽園みてぇだ……」
ガスト「そうだ、海で泳いだことあるか?温かい海が青緑に煌めいてどこまでも真っ白な砂浜が広がって……真っ白といえば南部の大砂漠は圧巻だぞ。お前達の国では白といったら冷たいものなんだろうが、こっちでは灼けるように熱いんだ。でも夜は月光でこの世のものとは思えない程幻想的で……」
イワノフ「………」キラキラした瞳で遠くを見ながら話すガストの横顔を瞬きもせず見ている

ガスト「………とても話し尽くせない。見せてやりたいよ……そこかしこ紛争はあるけど、綺麗な国なんだ。色々な人が混ざり合って生きている……ごちゃごちゃして騒がしいけど、でも……」
イワノフ「………」
ガスト「………」
「お前、良かったらこっちに来ないか」
イワノフ「は……?」
団員「えっ」
ガスト「勿論正規の手順で。お前の兄の遺体を無事見つけられれば交渉の余地はあると思う」
イワノフ「何を言ってる……」
ガスト「そのままの意味だ」
イワノフ「お前俺の話を鵜呑みにしてんのか?全部でっち上げかもしれねぇんだぞ。本当に俺が逃亡犯の可能性だって……」
ガスト「でも違うだろう」
イワノフ「………」
「証拠もねぇのに」
ガスト「俺は勘がいいんだ。割と当たる」
イワノフ「……馬鹿だなコイツ」
団員「そうなんですよ……っじゃないすみません小隊長!」
ガスト「いいよ別に……」
「それで、名前は?」
イワノフ「勝手に話を進めんじゃねぇよ……」
ガスト「カタい事言うなよ同じ補給品食った仲だろう」
イワノフ「……アレクセイ」
ガスト「アレクセイ…………もう少し短くならないか?」
イワノフ「なんなんだコイツは」
団員「僕に振らないで下さい!」
イワノフ「チッ………」小声で呼び名を呟く
ガスト「ありがとう。よろしく」
「アーリク」

ガスト「さて問題は捜索だが……」
イワノフ「何か手があんのか」
ガスト「ない!」
イワノフ「………」
団員「ううう…」
ガスト「手分けして探すしかない。いくつかの信頼できる小隊に応援を頼もう」
団員「本隊に要請しないんですかぁ?」
ガスト「まだ上に上げるには早い。出来るだけこちらで手を打っておきたい」
イワノフ「………」
ガスト「とりあえずアーリクは目立つから身を隠して、なるべく休んでいてくれ」
イワノフ「逃げるかもしれねぇぞ」
ガスト「逃げないよ。大丈夫」通信機で連絡を取り始める
イワノフ「………」
ガスト「ああ俺だ、ちょっと頼みがある…」

下流でいくつかの小隊が捜索にあたる

団員「小隊長!」
ガスト「アーリク」
イワノフ「………間違いない……奴だ……足首に俺と同じ形のアザがある……」
ガスト「良かった……」
イワノフ「……」「(それにしても…こいつら全員この男の要請で集まったのか……)」数十人の団員を見る
「(一介の小隊長の呼びかけでこんな人数が動くもんか…?)」
他の小隊長「それでどうする」
ガスト「とりあえずこの遺体は北壁に送還の手続きになる。俺達の任務は終わりだ」
「あとはアーリクを逃亡犯確保の協力者として保護、帰国後の状況を鑑みて亡命順当とされるよう当局と掛け合う。身元保証人は俺がなる」
小隊長「大丈夫か?今時分北壁由来は条件がかなり厳しいって聞くぜ?」
ガスト「まぁなんとかなるさ。いい知り合いがいる」
小隊長「お前はいつもそれだなぁ、なんでそんなツテが広いんだ?」
ガスト「なんでだろうな?」
小隊長「自覚がねぇのかよ」
小隊長「抜けてるからじゃねぇの」
小隊長「ワハハ」

イワノフ「………」
ガスト「そういうことだから、お前はとりあえず手当の為に入院だと思うけど、そっから先は俺が面倒みるんで心配するなよ。勿論入院中の処遇も雑に扱わせたりしない」
イワノフ「……面倒見るとか……簡単なことじゃねぇだろ……」
ガスト「まぁ、でも大抵の事は生きてりゃどうとでもなるよ」
イワノフ「……」
ガスト「お前も言ってたろ。こっちは一日転がっててもまだ生きてる、って。まぁ場所にもよるが……」
イワノフ「適当なヤツだな……」
ガスト「それもよく言われる……」
イワノフ「俺はまだお前を信用した訳じゃねぇぞ」
ガスト「それでいいよ。これからゆっくり知り合えばいいんだから」
イワノフ「……ホンット~~~~に変な奴だな!いつか痛い目見るぞ!」
ガスト「あはは」
「お前も知り合ったばかりの変な男心配するなんて変わってるな」
イワノフ「!?」
ガスト「無事色々片付いたら国中あちこち見せてやるよ」
「そっから先は好きなようにやったらいい」
ガストを見るイワノフ

数日後
西部市内の古びた中庭のある住宅にて


ガスト「いや~良かったな~思ったより早く退院出来て」
「ここ、好きに使っていいから」
イワノフ「……お前の家か……?」
ガスト「そう。6人でシェアしてるから騒がしいけど楽しいぞ」
イワノフ「………」
ガスト「しばらくはここを拠点に仕事でも家でも探せばいい。借りる時は俺が保証人になるから」
イワノフ「仕事…」
ガスト「まー移民審査中だからあんまり手堅い仕事はできないかもしれないが…とりあえずの日雇いとかなら……」
イワノフ「お前んとこは」
ガスト「あ、自警団か?万年人手不足だぞ。来るものは拒まない」
イワノフ「そこでいい」
ガスト「いいのか?」
イワノフ「何がだ」
ガスト「荒事に関わる仕事はもう嫌かと」
「お前は頭もいいし語学も達者だから、もっと文学的な仕事が似合う気がしてた」
イワノフ「……」
「それを言うならお前も充分似合ってないぜ」
ガスト「そうかな?」
イワノフ「こんなヒョロヒョロしやがって」くすぐり
ガスト「わははやめ、やめろ」
「俺はあちこち廻るこの仕事が結構好きなんだよ」
イワノフ「旅行屋でもやりやがれってんだ」
ガスト「だっ、やめろってばしつこいぞ!」
「…でもそれいい案だなぁ。お前の通訳も役立つし」
イワノフ 「……」
ガスト「もう少し国が落ち着いたらそういう商売も捗るかもな」
イワノフ「ならそれまでは荒事稼業だな」

イワノフ「ところでお前歳は?」
ガスト「俺?22」
イワノフ「はっ……!?老け顔……」
ガスト「おっよく言われるぞ。ちなみにお前は?」
イワノフ「25」
ガスト「お前だって充分老け顔だぞ!」
イワノフ「そうか……?」
ガスト「言われたことないのか!?お前の周り一体どんな顔の奴らが……北壁人は偃月周りよりゴツくて彫りも深めだがしかし……」
イワノフ「テメェはコレのせいで紛らわしいんだな」髭を顎ごと鷲掴む
ガスト「いへへ!」
「しょうがないだろすぐ生えるんだから」
イワノフ「剃ったらどうなる?」
ガスト「お、見せてやるよ」


イワノフ「………まぁ、年相応……」
ガスト「だろぉ~?」
イワノフ「妙な奴だな……最初からだが……得体が知れねぇっつーか……掴みどころがないっつーか……」
ガスト「そんなことよりどうしてそんなにフォレス語が上手いんだ?故郷の里で教わったのか?」
イワノフ「そうだ。俺達は傭兵としてどこにでも駆り出される。戦闘に有意なスキルは何だって叩き込まれる。語学は丸腰でも使える鋭利な武器だ」
ガスト「カッコいいな」しみじみと
イワノフ「………調子狂うんだよそれ」
ガスト「だってカッコいいから。それでそのガタイだろ。最強の戦士だな!」
イワノフ「最強なもんか……国に帰ったら里の奴らに殺されんだぞ」
ガスト「それってお前みたいなのがゴロゴロいるってことか?」
イワノフ「まぁ……そうだな……」
ガスト「それはヤバいな!北壁との交戦を想定する上層部ヤバい!身の程知らず過ぎる!」
イワノフ「まぁおたくらより旨い汁吸える国が周りにあるから現状は大丈夫だと思うぜ」
ガスト「そうなのか……」
イワノフ「本国ではここは放っとけばそのうち枯れ落ちると言われている」
ガスト「…………」
イワノフ「だから俺からすればここは臨死の夢で見る最期の楽園なんだよ。死に場所には世界で一番ふさわしい」
ガスト「……文学的過ぎる」
イワノフ「…俺お前らに相当喧嘩売った事言ってんだが」
ガスト「でも詩みたいだ」
「詩人になればいいのに」
イワノフ「あのなぁ……」

ガスト「いいなぁ……最期の楽園か……」
「その最期が、ずーっと続いたら……それこそ《常緑(エリス)》の地だな」
「俺達は美しいエリスにたかる葉切り蟻で、ただ彼女を貪り尽くしいずれ砂丘に沈むらしい」
イワノフ「誰の言葉だ?」
ガスト「敬虔なエリス信徒。エリスに一生を捧げない者は蟻んこなんだと」
「でもいいよ俺は蟻んこで……地を這って生きたいからさ……這っていけば地上のどこにだって行けるんだから……」
イワノフ「……」
「最期の楽園の葉切り蟻か……」
「しばらく惨めったらしく夢を見るのも悪くはねぇな……」

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