【保管庫閲覧規則】


1.保管物一切の外部持ち出しを禁ず。
2.編纂室を通さない保管物の改竄を禁ず。
3.保管庫は原則を公開書架とし自由閲覧を許可する。


※保管物の全ては編纂室による架空世界の集積記録であり、実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
※一部保管物には、暴力・死・精神的衝撃、ならびに軽度の性表現・性暴力・虐待を想起させる描写が含まれる可能性があります。
※観測した事象の変遷により保管物に再編纂が生じる可能性があります。
※保管庫内は文書保存の観点より低湿度に維持されています。閲覧に際し眼または咽喉に乾きを覚えた場合は、適宜休息及び水分補給を推奨します。


《編纂室連絡窓口》

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【編纂室責任者】蓮賀ミツヨシ

白樹暦836年1件]


【場所】#東部
【人物】#エルリュー
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あの日の事は、ほとんどが伝聞になる。

よく晴れた暑い日で、朝から一帯の反政府戦闘員の掃討、民間人の保護に走り回り、
あらかた片付いた時には太陽は真上で照り付け、濃く短い影が日干し煉瓦造りの町に落ちていた。貧しい町だった。
時折吹く風はひたすら埃っぽく、汗に濡れた肌に不快に貼り付いた。
よくある暑い日だった。

俺とキールニーは東の鐘楼に陣取り、あいつのいる本部を見下ろしながら周辺を見ていた。
本部の裏手は保護した民間人の収容エリアで、当初の予想以上に人でごった返しており、見張りの兵士は取り回しに苦心しているようだった。
あいつは本部を少し離れ、こんな時にも道端で遊ぶ子供に構っているようだった。
キールニーと今日の戦果について二三話した後、ぼちぼち撤収だろうということで念のため階下の様子を見に、俺は階段を降りた。

日干し煉瓦造りの古い建物で、あちこち欠けた螺旋階段を4,5段降りた瞬間、階下からの閃光、爆発音、突き上げるような振動を感じた。
足場は容易く崩れ落ち、そのまま瓦礫と共に10メートル程落下。
粉塵の中意識が戻ると、少ししてから周囲の喧騒。そして左足の激痛。
脛の解放骨折。最悪だ。しかも瓦礫に挟まれ動けない。
何とか近くにあった鉄棒で瓦礫をどかそうともがいていると、空気が漏れるような音が耳に入る。
催涙ガスか。取り合えず簡易的なマスクをし、ゴーグルを着けようとするも見当たらない。落下の際に落としたらしい。極力吸い込まないよう気を張るも、徐々に胸が苦しくなってくる。
目も激痛でろくに開かない。早く移動しなくてはならない。瓦礫はまだ動かない。そういえばキールニーは無事なのか。
息を吸う度トゲを飲んでいるかのような痛みが走る。目は霞んでよく見えない。
誰かの影が視界に入った気がしたが、そのまま意識を失った。

目覚めたらテントの中だった。
どうやら救護用に仮設で建てたものらしい。視界はまだ霞み、もやがかかったようで判然としない。
脚も胸も相変わらず痛む。酸素マスクを着けられているようだった。
俺が目覚めた事に気付いた何者かが、大きく細長い黒い影を連れてきた。
影はひと言俺の名前を呼び、それからは無言だった。
キールニーが無事だったと分かり安堵した。
後から聞いたところ、キールニーも肩と胸の骨を折り中々の重傷だった。

そして俺は尋ねた。あいつの安否について。
答えはキールニーらしく至極簡潔だった。

「死んだ」

それだけだった。

その後はまたひと言も発することはなく、結局詳細が分かったのはテントから病院に移り本格的な治療を終えた後だった。

詳細はこうだ。
保護された民間人の中に何人かの反政府戦闘員が紛れており、時報を合図に一斉に動き出した。妊婦のふりをした女の腹からいくつもの手製爆弾が現れ、手渡された仲間が四方八方へとばら撒いた。道連れ覚悟の最後の攻撃だったらしい。怨みの祈りと共に、爆弾は宙を舞った。
俺達のいた鐘楼は始めに意図的に狙われたようだ。奇襲の成果を確実に得るため、他の狙撃手の待機場所も軒並みやられていた。

あいつが鐘楼が崩れ始めた事に気付いた直後、ばら撒かれたうちの一つが、袋小路の手前に落ちた。
ちょうど持ち場を離れたあいつが民間人の子供と談笑していた地点のすぐ裏だ。
爆弾を挟み、路地の奥には小さな女の子が立っていた。彼女は不思議そうに足元の黒い塊を見た。

瞬間あいつは動いた。導火線は短い。判断に迷う時間はない。
少女を引き寄せ自分との立ち位置を入れ替える。
既にいくつかの箇所で起きた被害の規模を見るに、ひとつで家を半壊させられる程度の威力はありそうだった。
子供らに背を向けそれを抱えるように石造りの袋小路に倒れ込む。
その時、あいつは少女に向けて笑っていたとかいないとか。

閃光、轟音、衝撃。

それらが過ぎ去った時、袋小路に、あいつはもういなかった。
どこにも、いなかった。

その後国内各地で計画的及び偶発的なテロ攻撃が始まり、護衛本部に残っていたイワノフが隊を率いて鎮圧にあたった。
唐突にあいつを喪った護衛部内は混乱を極め、今回のテロから貧民区の民間人に反射的恐怖心を覚え、精神を病む隊員が続出。脱隊も相次ぎ、隊の戦力は一気にがた落ちした。
俺も後遺症で前線への復帰は絶望的だったが、それ以上に、精神が酷く消耗していた。
毎日"あの日"のあるはずだったその後の出来事を思い浮かべて思考が堂々巡りし、あぁでもそんな未来はないんだったと思い出し虚しさで一杯になった。
何とか平常であろうとしてもまた不意にそのループに陥り、自力では抜け出すことが出来なかった。現実から逃げていた。
あの頃は、周りの人間には酷く迷惑をかけた。

結局騙し騙し後方支援業務に就きながら日々を過ごし、ようやく頭がまともに働くようになった頃には一年が経っていた。
そしてキールニーの薦めを受けた。
ネクロやカスタには申し訳なかった。この一年の生活も、周囲を省みず自分勝手に振る舞って散々迷惑をかけてきたのに、その上隊を抜けるだなんて。
二人は止めなかった。
そして俺は、13年過ごしたあの家を出た。

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