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◆吸血しすぎた話
若干会話シナ意識の吸血話。
ちょっとあやしい雰囲気だがほぼ両片思いくらいの距離のイメージ……

(時系列的にナンバー付きSSより先の話です)
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#ロスジギ

「掌からならいいだろう」



吸血を頑なに拒む俺にジギーは言った。


ジギー「手首はちょっと怖いしな」

そういう問題じゃないと言っても聞かずに、あっという間にナイフで掌に線を引いた。
じわりと真っ赤な鮮血が溢れ出る掌を、ぐいと眼前に付き出してくる。

今にも滴り落ちそうなそれに素直に食い付くのは、なんだか負けたような気がして気が進まない。
けれど流れ出てしまった以上、このまま床に吸わせては勿体無いとも思う。
渋々とその手をとり、口元へとあてがう。
既に傷のある掌に牙を立てないよう気を遣いながら血を啜る。

口内に広がるその味はどこか青臭い香草の風味で、それは確かに彼の味だった。
特段美味いものではない。ただ、不思議と愛着の沸く、後をひくような味に思えた。

啜りながら上目遣いに彼を見やると、微かに眉を寄せながら吸われる手を睨んでいる。
痛いのかとも思ったが、身体がこわばっているかというとそうではなく、むしろ力が上手く入らないという風に見える。
いたずら心が沸き、控え目に掌を舐めてみる。

ジギー「……っ」

びくりと肩を震わせ、一気に頬が紅潮した。
うっすらと汗ばんでいるように見える。
自分の左手に包まれた手は微かに震えており、相手の瞳は水気を増しているようだ。
恨みがましいような双眸がこちらをねめつけている。


ああ、そんな顔をされると

欲が出てきてしまう

――赤黒い疼きが、遠くからやってくる。

これが忌まわしい吸血鬼の能力によるものだとしても
こんなジギーの姿を拝めるのは
それを許されているのは
自分だけだとするのなら

もっと見たい

近くで

熱を帯びる君を

――ない交ぜの衝動が、身体を動かしていく。

掌から唇を離し、そのまま彼の手を引く。
バランスを崩した彼はよろめき、ぐっとこちらへと近付く。
間近で視線がかち合う。

(ああ、近くで見ても、綺麗な人だな)

うっとりとその瞳に見惚れながら、白い首筋へと唇を落とす。
彼のはっと息を飲む音を横に、牙を立てる。

(こんなつもりではなかった)

ぶつりと皮膚を破り、その下の肉を割り血管に牙を沈めていく。

(彼は噛みたくなかった)

溢れ出る鮮血を啜る。掌とは比べ物にならない量。その鮮度。

(ああ、それに、これでは彼の瞳が見えないじゃないか)


「っ……」

彼の吐息が漏れる。このままいっそ壊してやりたい、そんな黒いものがじわりと身体に拡がっていく。
ごくりと嚥下する度、その情動は強まっていく。
彼が艶めいた息を吐く度に、血の味も甘味を増してきたように感じる。

(美味しい……)

心からそう思う。
こんなに美味しいモノを口にしたのは初めてだ。

(愛しい……)

併せて沸き立つ彼への所有欲。永遠にこの腕の中に留めておきたい。全身の血を飲み干せばあるいは。彼は自分の中で共に永遠に生きると言えるのではないか。

ジギー「は……っ」

ジギーは弱々しくも抵抗を試み、俺の服の裾を掴んでいる。

ああもう少し、もう少し、深く繋がりたい。
君の魂に触れたい。
あと少しで、届くかもしれない。


ふと、部屋の壁に掛けられた古い鏡に目がいった。
素朴な木枠で、日褪せした、なんの変哲もないよくある鏡だ。

そこには首筋から鮮血を滴らせ、苦しげに身をよじるジギーの姿が映っていた。
ただ一人だけ。
その姿だけが映っていた。


俺はその光景から目が離せないまま、はたと突き立てた牙を引き抜いた。
その刺激でジギーが小さく声を漏らす。

鏡から引き剥がすように、視線を正面のジギーに移す。
頬はうっすらと紅潮しているも、唇からは血の気が引いている気がする。


血を吸い過ぎた


身体はかつてない程活力に満たされているというのに、自分が青ざめていくような感覚を得る。


自分勝手に、欲望のままに、理性を無くして、
獣のように、ただ血に餓えた、正に”人非人”


ジギーの両肩を掴んだまま、ぐったりとした彼を真正面に見据える。
ああ祈る神など既にいないのに、救いを求めながら立ち竦む。
ジギーはそんな自分を見て、ふ、と片方の口端を上げた笑みを浮かべる。

ジギー「なんて顔してるんだ……バカ……」
ロス「……ごめ……俺……」
ジギー「そう思うなら……とっとと手当てしろ……」

泣きそうになるのを抑えながらジギーをベッドに寝かせてやり、急ぎ傷口の手当てをし、強壮効果のある薬を飲ませる。
そんな俺を彼は遠くを見るような目で眺めている。
ひどい後悔が押し寄せる。申し訳なさに、目線を合わせられない。
ベッド脇の椅子に腰掛け、指を組んで、断罪を待つように俯く。


ジギー「ロス……」

呼ばれて、俯いたまま返事をする。

ロス「……ん」
ジギー「美味かった……?」
ロス「……っ」

一気に顔が紅潮する。羞恥心にこの身が発火しそうだ。

ジギー「いつもはそうでもないとか言うくせに……今日は……全部吸い尽くさんばかりだったな……」
ロス「う……」
何も言い返せない。

ジギー「美味かったか……そうか……」
なぜかジギーは少し誇らしげだ。

ロス「ぐ、グラスで飲むのと直とじゃ味が違うんだ……」
苦しまぎれな返し。

だが事実、グラスでは味わえない甘美がそこにはあった。
ともすれば、足を踏み外さんばかりの、強烈な、官能と死の匂いによる誘惑が。

ロス「……当面直接は貰わないことにする」
ジギー「我を忘れるほど、美味しかったのにか」
ロス「忘れたくないんだ。君が大切だということを」

ジギーは少し残念そうに口をすぼめてみせるも、眼差しは納得してくれているようだった。
また味わいたくないかと言えば嘘になる。
だが彼の命は何にも替えがたい。
そして少なくともまだ、自分はこの衝動を飼い馴らせてはいない。

だから、今はまだ、グラスで。
それで充分。




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分岐で対象消去ルートがありそうですね……。


畳む

自宿SS

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