18

◆1.ロスの話
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ある日、その青年は宿の戸口に訪れた。





一度ドアノブに手をかけ、間を置いて、ドアを二度ノックした。
開いているぞ、と声を掛けると、届け物があって、と返ってきた。
この宿を常宿としていた冒険者が落命し、その遺品を届けに来たのだと、戸外の声はおずおずと続けた。
その冒険者の名前に憶えがあったため、「とりあえず中へ」と言うと、ようやく相手は建物内へと入ってきた。

薄桃色の癖毛で色の白い男が、バツが悪そうに俯きがちでカウンターへとやってきた。
その衣服は見るからにズタボロで、怪我はないのかと思わず注視していると、荷袋から古びた革の手帳を取り出した。

「この手帳の持ち主の最期に立ち会いました」
「他にも幾つかの持ち物を預かり、亡骸は、山中だったのでその場に埋葬しました」
「彼を、助けることができませんでした」
「それどころか僅かに息があった彼に、このまま助からないだろうと、止めを刺してしまったのです」

こちらに手帳を差し出す手は、小さく震えていた。


そして、過去の記憶をなくしており、帰るあてもないこと。
償いと、あてのない自分のよすがとして、彼の返済を肩代わりさせて欲しいことを申し出た。


青年の話はどこまでが真実なのか分からない。
だが少なくとも、馴染みの冒険者が一人どこかで果て、その持ち物がここにあり、届けにきた人物は酷く憔悴していることは確かだった。

肩代わりについてはとりあえず保留とし、宿の部屋を一つ、青年にあてがった。
手持ちがないと言うので、これがツケだと答える。



名前を尋ねると、覚えていないが目覚めた場所の名の一部は分かる、と。
そこから彼の名は《ロス》となった。




掃除や雑用も進んでこなし、人の嫌がる依頼を受け、揉め事があれば仲を取り持ち、
かといってでしゃばらず、たまに具合が悪そうに引きこもる。

他の冒険者とは付かず離れず一定の距離をとり、
親密になりかけると、「大きな依頼を受けたから」と何ヵ月も宿を空け、また距離を置こうとする。
そうして帰った時にはひどく疲れたような顔をしているので、「大丈夫か?」と問えばいつも困ったような顔で笑ってみせる。

宿の食事は旨いと言って食べるが、それで顔色は良くならず、
肉の仕込みで血抜きをしていると、ぞっとするような眼で凝視する。
そして紅い月の夜には、必ずどこかへ出かけて行く。

そんな"変わり者"の冒険者を宿に置いて、もうぼちぼち10年が経つ。
肩代わりの分などとっくに返し終えていても、新たなツケが生まれてくるのが冒険者と宿との関係だ。


……――そして今日も気弱な《吸血鬼》は、割に合わない仕事を終えて、この宿に帰ってくるだろう。





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自宿SS

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